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地方記者

JR常磐線大津港駅下車 車で10分
​ 江見港 : 平潟漁港(茨城県北茨城市平潟町)
長い堤防の奥に鵜の子岬が見える。
鵜の子岬対岸の奇岩、名前は現在調査中。画像中央右に見える屋根のようなものは薬師堂になる。3.11震災時、この下まで津波がきた。
坂を上る中野。
​海沿いに平潟の街並が見えてきた。
上の道路に出た中野。
中野の奥、寄せ棟屋根がアマヤ薬局で現存。その左の2階屋はモリモア食堂。現在は赤い2階建に変わっている。そこから左に1軒おいた3階建木造家屋が砥上(とかみ)屋旅館で現存。前の道路は欄干がめぐらされ、下は汐入り状態になっている。
次は逆方向から中野登場。ちょっと映ってないが、すぐにあらわれる(笑)
左端が第三隆栄丸。現在はクリーム色の3階建になっている。
中野の手前の階段は、下の住宅地図でも確認できる。
左が本田屋酒店。その隣は現在アパートになっている。道を挟んで右端が漁業協同組合で現在は駐車場になっている。
アマヤ薬局前まで戻って来た中野。
この漁港独特の造りが、海岸線に沿って橋のようになっている点だ。ご覧のように欄干が巡らされ、端には親柱が立っている。当然反対側にも親柱が立っている。この下は汐入になっており、船の係留も可能なようだ。度重なる港湾整備により、現在はこの状況が見られないのは残念だ
物語は終盤、工場の汚水垂れ流しに怒った漁師たちが、大挙して漁協に向かうシーン。
右がモリモア食堂、中央が鵜の子岬、左がアマヤ薬局。
漁協に押し寄せる漁師たち。
​左の建物が当時の漁業協同組合、実際の事務所を使っている。画像の反対側から砥上屋旅館やモリモア食堂が見える。右の親柱は、アマヤ薬局前にあったものの片割れになる。
中野に電話をする保(田辺靖雄)。
​場所はモリモア食堂の角になる。暖簾の文字から当時は食料品店だったようだ。保夫の左肩越しに見える金魚鉢のようなものは、多分ジュースの自動販売機だろう。左には鵜の子岬も見える。
チャリで港を走る東朝新聞平尾通信局の中野(フランキー堺)。
画像左端の屋根は魚市場、その上の鳥居は八幡神社のものだ。この頃はすぐ横まで海だったのがわかる。
ここまでのルートを住宅地図に落とし込んでみた。1982年版なので、映画公開からちょうど20年後のもの。港内の海岸線などかなり変わっている部分もある。魚市場の建物自体は変わってないが、左下の漁協事務所がこの頃には魚市場の場所に移転していおり、空き地になっているのがわかる。
​※赤丸数字をクリックすると画像に飛びますが、隣の数字の画像に飛ぶ事があります。その際は数字から少し離れた辺りをクリックしてみてください。コツをつかむまで若干時間がかかるかもです。
 この作品で度々登場する漁港は「江見港」という設定だが、多分いわき市の「江名港」をもじったんだと思う。場所は茨城県の最北、北茨城市の平潟漁港でロケが行われた。日本映画専門チャンネルでの放送前、川本三郎氏のコメントで「平潟漁港」とあったので、場所はすぐに特定できた。しかし公開から50年以上、この間数度の港湾整備工事や3.11大震災による津波の影響で、当時に比べ港も様変わりしてしまった。よって細かい場所の特定にはかなり苦労した。
最後にオマケ。
港湾整備による埋め立て等もあり、細かい撮影場所を特定するため、1961年と2016年の空撮で比較用に作成したもの。
工場汚水垂れ流しに対する役場の対応について漁師に話を聞く三浦。
​奥に旧魚市場と八幡神社の鳥居が見える。
1962年 東宝 監督:丸山誠治 製作:田中友幸 シネスコ モノクロ 90分
​出演:フランキー堺、白川由美、星由里子、夏木陽介、児玉清、土屋嘉男、伊藤久哉、中谷一郎、田辺靖雄、堺左千夫、清水元、左卜全、中村是好、沢村いき雄、小杉義男、山本廉、田武謙三、谷晃、佐田豊、中山豊、堤康久、西条康彦
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