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Hyper Azabu Tano9
秋立ちぬ ④
1960年 東宝 監督:成瀬巳喜男 製作:成瀬巳喜男 シネスコ モノクロ 79分
出演:乙羽信子、加東大介、夏木陽介、河津清三郎、原知佐子、大沢健三郎、一木双葉、藤原釜足、賀原夏子、菅井きん、藤間紫、三田照子、園田あゆみ、小西瑠美、野上優子、草川直也、三浦敏男、西条康彦、桜井巨郎、杉浦千恵
秀男が新富橋の上で感傷に浸ってる頃、順子と母親は関西から上京した父に会うため、近所の旅館万安楼に来た。
順子が父と会った旅館 : 万安楼(銀座タワー/東京都中央区銀座1-22-1)
万安楼に到着した順子と母(藤間紫)。
ここで順子家族について少し触れておく。順子の母は本妻ではなく、いわゆる二号さんだ。父親(河津清三郎)は関西で手広く商売をしており、順子の母には生活の糧として三島旅館やらせている。今回の上京には、本妻との間の子供2人も連れてきたが、順子は彼らと打ち解けることはできなかった。
その他の画像
万安楼(まんやすろう)は明治期の創建された割烹料亭が宿泊もできたと考えられる。以下の画像からも庭、建物ともに当時の最先端であったことがうかがえる。
いずれも中央区立郷土天文館蔵
現在この場所には「銀座タワー」という高層マンションが建っている。竣工が2003年8月なので、2000年頃には取り壊されたと思われる。当時に比べ趣が一変してしまったが、現状を撮影したので公開する。また1969年と79年の住宅地図も載せておく。10年という間があるが、どちらも敷地内にしっかり「池」まで描いている点、芸が細かい。
尚、取り壊し間近の万安楼の画像については
『日本映画の名匠 成瀬巳喜男ファンページ』様及び『ぼくの近代建築コレクション』様のページにて公開されているので、ぜひご覧いただきたい。周囲をめぐる高い黒塀が圧巻だ。
2015.07.29 巡礼
秀男が物思いにふけった橋 : 新富橋(東京都中央区銀座1-27、28と新富町1-4、2-1の間)
元気のない順子が新富橋に来た。
場面は新富橋へと変わる。「母親の失踪」「残されたグローブ」小学生の秀男にはまだま受け入れられない現実がたくさんある。
川面を見つめる秀男。
秀男は三好橋の方向を向いている。左の煙突の下辺りが中央区役所の旧庁舎になる。
順子の悩みを聞く秀男。父親に会えたのは嬉しかったが、腹違いの兄弟から意地くそ悪くされたことに悲しんでいる順子だった。そして2人はますます元気が亡くなる。
一番上の画像とは反対の京橋JCT方面を見ている。築地川が首都高料金所に変わってしまった。
順子から何を言われたのか、急に元気になる秀男。この後、物語は大きく展開するのであった。
秀男と順子がタクシーに乗った場所 : 日本交通銀座営業所(コートヤードマリオット銀座東武ホテル/東京都中央区銀座6-14-10)
「海の見えるところまで連れて行ってよ」とムチャ振りする順子。
新富橋を後にした秀男と順子は銀座6丁目の日本交通銀座営業所に来た。いわゆるタクシー会社だ。
顔見知りの運転手に話しかける順子
運転手は渋々2人を乗せる。秀男はめずらしそうに車を眺めている。
日本交通銀座営業所の場所は、1987年10月に銀座東武ホテルとなり、2007年4月に現在の名称となっている。
ちなみに1979年の住宅地図だでは「日本交通ビル」と記載がある。
勝鬨橋を渡ったタクシーは、そのまま直進し晴海埠頭に入った。
タクシーの前に若干濃いめの線が数本左右に確認できる。これは越中島貨物駅から延びる東京都港湾局専用線の晴海線になる。
左の建物は日東製粉、右は同社のサイロとなっている。ストリートビューは晴海大橋上からなので若干の高低差はあるが、中央のタワーマンション辺りに日東製粉ビルがあった。
タクシーは埠頭のどん突き手前で停車した。
運ちゃんの「待ちましょうか?」に「帰れるからいい」と順子。
タクシーの後ろの建物は鈴江組の倉庫で、現在Googlemapでは晴海埠頭4号上屋となっている。
初めて見る海に感激する秀男。長野出身の秀男は海を見た事がなかったのだ。画像右に日東製粉ビルが見える。
公開1年後と現在を比べてみた。埋め立てにより海岸線も拡張され、豊洲へ渡る晴海大橋もでき、雰囲気はガラッと変わってしまった。唯一鈴江組倉庫が縮小され残っているぐらいだ。
秀男と順子がタクシーを降りた場所 : 晴海埠頭晴海大橋袂辺り(東京都中央区晴海2-4辺り)
アンカー 1
アンカー 2
アンカー 3
アンカー 4
アンカー 5
アンカー 6
アンカー 7
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