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地方記者

着任早々、警察署回りを命ぜられた三浦(夏木陽介)。その間に中野(フランキー堺)と下宿先の息子、保(田辺靖雄)は三浦の荷物を運び込んでいた。
2人が歩く小路の右側が①中之作漁港、中央奥に②旧魚市場の屋根が見える。三浦の下宿は漁港沿いのようだ。
JR常磐線泉駅下車 車で25分
荷物をおろした中野と保。
2人の奥には①中之作漁港が広がっている。保夫の右奥に船を陸に引き上げるための傾斜③スリップが見える。よって三浦の下宿の前にはスリップがある事がわかる。
​ 三浦の下宿 : 中之作漁港(福島県いわき市中之作須賀1-24付近)
 この場所については、オープニングで登場した茨城県の平潟漁港と予想していたが、民家・小路・漁港と並ぶ場所が発見できなかった。よって範囲を広げ、いわき市南端の勿来漁港から北端の久之浜港までの9箇所とし、1961年版空撮にて漁港施設や防波堤形状、また「山の中腹に神社がある事」など徹底的に調べた結果、中之作港と特定した。​ただ、港湾整備や道路計画などにより、中野と保夫歩いた小路の海側に新しく道路ができている。完成は1980年頃と思われる。ではロケ1年前の1961年と現在を空撮で比べてみる。
港の方、船の上から保夫の父親(小杉義男)が声をかけてきた。
父親の乗る船は③スリップと海面の境辺りに泊まっている。たぶん安全上の理由から船の下に台車のようなものがあり、その上に船が乗っかっていると思う。
港の方、船の上から保夫の父(小杉義男)が声をかけてきた。
左奥、山の中腹に③根渡神社(現存)の2棟の屋根が見える。
前述のように三浦の下宿前には小路があり、その向こうは海で③スリップがあるということまでわかっているので、画像中央左の少し広めの荷降ろしスペースから南へ伸びる細い小路沿い2軒目辺りと推測(正直特定はできない)する。残念ながら現在は更地となっている。
この小路にも色を付けようと思ったが、細すぎて実際有るのか無いのかわからないと思い、あえて色を付けずにおいた。2016年空撮でもアスファルトの部分右端に白く細いラインが確認できるが、この部分で間違いないだろう。
スリップは、新しい道路ができたため半分程になってしまった。よって保夫の父親が乗ってた船は、新しい道路の下という事になる。
この地域の一番古い住宅地図、1972年版で見てみる。この頃のものは手書きで、かなりアバウトだ。
まず②旧魚市場だが、撮影から10年後には少し東に移転しているようだ。③スリップも申し訳程度に書かれている。下宿前の細い小路は全く描かれていないのが残念だ。
さて問題の三浦の下宿だが、私の推測通り2軒目だとすると「中山接骨院」と記載のある場所になる。ただ未だに「もしかして1軒目の吉田船具店では???」とも少なからず思っている。まあこの辺りという事でご勘弁いただきたい。
では最後に海側から見た現状を説明する。
手前から新しい道路、歩道の向こうが少し空いて当時の岸壁が見える。その上に錆びた手摺りがあり、細い小路~三浦の下宿(赤い部分)となる。
​住宅地図で三浦の下宿とした中山接骨院の裏は、ちょっと隠れてしまったが「吉田」と記載がある。この画像では山田歯科の右隣の建物になる。この辺り非常に悩んだが、手書きの住宅地図のアバウトさによるものであり、各年代の空撮5点ほど見比べた結果、山田歯科の裏に中山接骨院があったのは間違いないと考えられる。が、くどいようだがこの辺りという推測なので悪しからず(笑)
1962年 東宝 監督:丸山誠治 製作:田中友幸 シネスコ モノクロ 90分
​出演:フランキー堺、白川由美、星由里子、夏木陽介、児玉清、土屋嘉男、伊藤久哉、中谷一郎、田辺靖雄、堺左千夫、清水元、左卜全、中村是好、沢村いき雄、小杉義男、山本廉、田武謙三、谷晃、佐田豊、中山豊、堤康久、西条康彦
アンカー 1
三浦健一(夏木陽介)を見つけた岸部園子(星由里子)が駆け寄ってくるシーンだ。
川は新川で現在は暗渠となり、一帯は新川緑地となっている。橋は三崎橋、当然ながら道路となっている。奥の立派な建物は旧 平市役所で、現在はいわき市文化センターになっている。
JR常磐線いわき駅下車 徒歩10分
仲良く帰る2人。
​ 健一と園子が歩いた川沿い : 三崎橋新川沿い(新川緑地/福島県いわき市平中町)
アンカー 2
「いよいよ試運転が始まったっすな~」三浦の荷物を運び終えた保が中野に話しかけた。2人は遠くの方をを見ている。
二人が見ていた方向には巨大な工場が煙をあげていた。
「もしかしたら絵で煙だけ付け加えたか?」と思った。作品名は忘れたが、やはり遠くの建築物で絵を使ったのを観た記憶があったからだ。念のため付近を捜したところ実在の工場と判明した。
​ 漁港近くの巨大工場 : 常磐共同火力(株) 勿来発電所(福島県いわき市佐糠町大島20)
JR常磐線植田駅下車 車で15分
それがこれだ!実際には工場ではなく発電所になる。
正式名称は常磐共同火力株式会社 勿来発電所という火力発電所だ。1957年(S32)に1・2号機で稼働したが、電力需要拡大により作品公開の1年前の1961年(S36)、3・4・5号機が稼働し、作品に登場するのと全く同じ規模になった。
詳細はこちらから>>>
「勿来」は「なこそ」と読む。奥州三関の一つ「勿来関」で有名だ。この作品のロケ地を調べる過程で何度も出てくるが、なかなか頭に入らない。なぜか「ものき」とまず読んでしまう。頭悪いのかな~
でも「なこそ」と毎回思い出せた時点でなぜか頭をよぎるのがこれ
  『滝の音は 絶えて久しく なりぬれど
            名こそ流れて なほ聞こえけれ』 百人一首55 大納言公仁
全然関係ないね(笑)
アンカー 3
お祭りのシーンだが。残念ながらイメージ映像のため登場人物はいない。
画像左の①石川亭は料理屋、2軒空いた奥並びに②薬局がある。ヒントとしてはこの2点のみだ。いわき市役所ふるさと発信課及びいわき市立図書館に問い合わせた結果、いわき市の銀座通りと特定できた。通り奥の山は坂下門外の変で襲撃された安藤信正の平城跡になる。
1966年の住宅地図で見てみる。
この時代①石川亭は銀座通り沿いには無く、路地を入った奥に移転している。青枠で囲った中に石川亭とある。いわき市図書館レファレンスから、「当初は銀座通り沿いで営業していたが、いつの頃からか敷地の一番奥へ移り営業していた」との回答をいただいた。これにより薄赤い部分が作品公開時の石川亭の敷地と思われる。奥に移転した石川亭は現在営業はしていないようだが、店舗・看板等は残っている。
​ お祭りシーン① : いわき市銀座通り(福島県いわき市平田町)
JR常磐線いわき駅下車 徒歩3分
石川亭から北に2軒空いて②薬局がある。店名は「あこう」又は「あとう」と読める。
お祭りのシーンは2回登場するので、こちらを①とした。②は現在調査中。続きのシーンなので、それほど遠く離れた場所ではないと思われる。
アンカー 4
床屋の前を歩く中野と三浦。
​この床屋は①金成(かなり)理美容という。建てなおされ、入口の場所も変わったが現在も営業中だ。
三浦の下宿で使用した1972年版住宅地図を再度利用する。
中野と三浦が別れた場所は五叉路になっているのがわかる。三浦の下宿も③おはなさん船具店を右に曲がればすぐだ。どうでもいい話だが、③おはなさん船具店の向かいにおはなさん靴店がある。笑ってしまう(笑)
​ 中野と三浦が歩いてた床屋前 : 金成理美容店前(福島県いわき市中之作須賀8)
JR常磐線泉駅下車 車で25分
「じゃ俺はあっちを回るから」「じゃ僕はこっちを回ります」と言って2人は別れた。
​床屋の左隣にある②おはなさん船具店は、現在更地になっている。
別れて聞き込みに回る2人。
​坂を下ると③中之作漁港が見える。ここも当初平潟漁港と思い探したが、見当たらなかった。その後、前回公開の三浦の下宿で中之作漁港の住宅地図を入手した際、「もしかして?」と思い周辺を探した結果、③おはなさん船具店が見つかり特定に至った。
アンカー 5
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